茶  室

芳松庵

茶室 芳松庵

ほうしょうあん

菅原道真公はお茶に関する故実を調査、研究され世間に喫茶の習慣を広められ茶聖菅公と称せられました。
 

菅公とお茶の深い関わりを後世に伝えるため、平成3年に茶室芳松庵を建立。(設計は日本建築の第一人者 大江 宏氏)

庭内の一角には勤皇の志士達が密議を交わした史跡暁天楼も建っています。
是非、緑豊かな庭園の四季の移ろいをお楽しみいただきながら、美味しいお抹茶とお菓子をお召し上がりください。

拝観時間:9時30分~16時

     

    拝観料:500円(お抹茶・お菓子付)

  電話:0835-22-0214

               
 その他:庭園の拝観は無料

 

※5名様以上でお越し頂く際は事前にご連絡をお願い致します

※当面のあいだ月・火曜日は休館いたします(祝日の場合は翌日が休館)

​茶室からのお願い

・庭園の拝観は無料ですが、写真撮影目的(前撮り・後撮り・撮影会など)の方は有料です。

 事前に茶室事務所にお声がけください。

・飲食及び喫煙、コスプレ、犬や猫などのペットを連れての入庭はご遠慮ください。

維新の志士たちの息づかいが感じられる場所

        ~暁天楼~

お茶室の門をくぐって左手にある、2階建ての古めかしい建物を「暁天楼」といいます。もとは天満宮門前宮市にあった宿「藤村屋」の離れだったもので、藤村屋の廃業にあたり天満宮に寄贈され、のち老朽化に伴い解体されましたが、昭和59年(1984)に藤村屋の子孫のかたにより現在の場所に絵図面にしたがって復元されました。


藤村屋は天保12年(1841)当時、天満宮周辺にあった22軒の宿屋のうちのひとつで、菱屋平七という人は「藤村屋孫七という者の家に宿す。家の内潔して、主のあへしらひも殊に恭しくて、万つ態にもてなしければ、つかれもやすまる心地す」と称賛しています(『筑紫紀行』『防府市史』)。当主は勤皇の志が篤く、また宿のもてなしがよかったためか、坂本龍馬、高杉晋作、久坂玄瑞、伊藤博文ら、維新の志士たちもしばしば利用したそうです。
建物の1階は漬物小屋として使われていたため土間で、2階(通常は閉鎖)は6畳間が2間あり、板張りの広縁が2間を囲む形で2方向に巡らされています。この2階に上がる階段は実は隠し階段になっており、維新の志士たちが、いざという場合には息をひそめて隠れていることのできるこの場所で密談をしたのだろうという想像が現実味を帯びてきます。


復元前の2階の床柱には刀傷がついていたそうですし、戸袋には墨で勢いよく書かれた落書きがあり、これは坂本龍馬の手によると言われています。また、「暁天楼」の名前は、旧来「適義楼」と呼ばれていたものを、訪れた山県有朋らが改めたといいます。


御神木のそばにたたずむ暁天楼。復元されたものではありますが、幕末動乱期の空気をひしひしと感じさせてくれる場所です。
 

※通常2階は開放しておりません

暁天楼
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毛利の戦いや幕末の志士達を目撃した証人

      ~防府天満宮御神木~

クスノキ科ニッケイ属
樹齢800年(推定)
幹周5.6m、高さ27.5m、葉張36m

巨木とは地上から約130㎝の幹周が3m以上の樹木(環境省)とされています。しかしそれだけでは木霊の宿った御神木とは言えません。
御神木とは安易に人の手の入ることのなかった超世の力を持った巨樹でなくてはなりません。
境内にはほぼ等間隔に並んでクスの巨木が三本ありますが、その中心をなすこの楠は防府天満宮の御神木です。
見上げれば亭々として天にそびえ四方に広げる太枝は大地を覆い、根張りは太く堂々たる威風を備えて樹勢・樹形とも美しい周防一の美楠の巨樹です。
人の世を超えて千年の後の世まで私たちを見守る天満宮の生命力溢れる木霊を宿しています。ぜひ一度、木精の気を感じて下さい。

 

※場所「暁天楼」裏側

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令和3年 月次茶会

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4月25日 表流 平野宗順

5月15日 金鮎祭奉祝茶会 裏千家 高橋宗信

7月25日・26日 花展花雅会グループ 

8月25日 裏千家 吉松 宗純

9月25日 表流 山本百次会

中止

※中止の場合もあります

令和2年 紅葉写真